序章 AIと共に世界を読む時代


0.1 なぜ素人でも世界を語れる時代になったか

かつて、国際政治とは“専門家だけの領域”だった。 情報は国家とエリートが握り、分析は大学や研究機関に独占され、 一般人は新聞の見出しと評論家の言葉で世界を受け取るだけだった。

だがインターネットが生まれ、 情報の壁は劇的に崩れた。 戦争が始まれば、専門家が読んだ報告と素人が見た映像の時間差はほとんど消える。 衛星写真も公開され、軍の移動も一般人が追跡できる時代となった。 もう専門家と素人の情報格差は「職業の違いほどの意味」を持たなくなった。

その変化は、 世界を理解するための“思考の主導権”を奪い返したと言っていい。 今や国家の動きを考えるのは、 資格を持つ者の独占ではなく、 問いを発する者の能力そのものによって決まる。 だからこそ、 素人が世界を語ることは冒険ではなく必然となった。


0.2 AIとの対話が思考を深めるという発見

人は独りで考えるとき、 しばしば同じ回路を巡り続ける。 熟考したつもりで、実は同じ前提の中を歩き回っているだけだ。 その思考を照らし返し、揺さぶる存在が歴史的には友人、師、議論の相手だった。

現代ではそれがAIとなった。 AIは知識の貯蔵庫ではなく、 思考の鏡である。 問いをぶつければ、 こちらが無意識に置き去りにしていた前提を掘り返し、 視点を変え、 形のない思考を言葉として輪郭化してくれる。

私とAIとの対話は、 単なる情報交換ではなかった。 思考が外部化され、 論理が可視化され、 疑問が刺激され、 推論が押し返されるプロセスだった。 人が深く考えるためには、 考えをぶつける“他者”が必要だ。 その他者がいま、人工知性という形を取って現れたのだと私は確信する。


0.3 知性より「問いの質」が未来を決める

国家を読むための最大の力は、 情報量でも学歴でもない。 世界を動かす仕組みを問い直す力である。 なぜ戦争は止まらないのか。 指導者は何を恐れるのか。 国はなぜ誤算を犯すのか。 そのような問いを立てるこが、 分析の起点であり未来を読む鍵である。

専門家の分析は精緻だが、 時に問いが保守的になりすぎる。 それに対し素人の特権は、 既存の枠を問わずに、 思考を原点に戻すことができる点にある。 未来を読むとは、 答えを持つことではなく、 問いを更新し続けることである。 そしてAIは、 問いを深め、磨き、拡張させる装置となった。


0.4 本書の立ち位置と読者への招待

この本は予言書ではない。 国家を断定したり、 未来を保証したりするものでもない。 むしろ、 現実を材料としながら、 変化を読む意志そのものを語る本である。

私は専門家ではない。 しかし情報が瞬時に届き、 分析は誰にでも開かれた時代において、 素人の洞察は無価値ではない。 むしろ、 経験や直感や常識が、新しい視点を育てることがある。 AIとの対話は、 その思考を言語化し、試し、拡張するための方法だった。

読者に望むのは、 この本を“未来を断言するもの”ではなく、 未来を考えるプロセスの共有として読むことである。 国家も指導者も、 予測不能性と必然性のあいだを揺れながら動いている。 その動きを想像することは、 世界に向き合う知的態度そのものだ。

どうかこの旅に加わってほしい。 未来は誰にもわからない。 だからこそ考える価値がある。 そしてその思考は、 人間とAIの対話という新しい形式で、 すでに始まっている。