第3章 なぜ日本は自立できなかったのか


3.1 敗戦が生み出した“国家意志の空洞化”

1945年、日本は軍事的敗北と占領を経験した。 その瞬間、国家の意志は停止し、 生存を自力で決める権利が奪われた。

問題は、敗戦そのものではなく、 “敗戦の精神的な後遺症”が 日本人の政治意識から国家意志を消し去ったことにある。

戦争と軍事を語ることが タブー化され、 防衛を議論することが 軍国主義と同一視され、 結果として国家の基礎である 自分の生存を自分で守る覚悟 が 社会から抜け落ちた。

敗戦から立ち上がることはできたが、 国家意志だけは 戦後の精神構造に封印されたままだった。


3.2 憲法と教育が“依存思考”を培養した

戦後の憲法は、 国家の武力行使を否定し、 価値としての平和主義を掲げた。

その理念は国内統治には有効だったが、 同時に、 国家は自ら生存を担う必要がない という錯覚を国民に植え付けた。

教育も同様だった。 戦争の悲惨さは教えても、 生存を守る国家の責任 は教えなかった。

結果として日本人は、 平和は「努力の結果」ではなく 「誰かが与えてくれる状態」だと理解してしまった。

この思考の内面化が 戦後の繁栄を支えた一方で、 国家の骨格を軟弱にした。


3.3 経済繁栄が“国家の虚弱”を覆い隠した

高度成長は、 日本人に自信を取り戻させたが、 それは強さの回復ではなく 依存の成功形態 に過ぎなかった。

日本の繁栄は 輸入資源と輸出市場に依存し、 安全保障はアメリカに依存し、 エネルギーは中東と海上輸送路に依存した。

豊かになるほど、 人々は依存の構造を忘れ、 「日本は強い国」だと錯覚した

経済の成功は日本を救ったというより、自立の欠如を覆い隠す機能を果たしてきた。


3.4 アメリカとの同盟は保護と拘束の両面だった

日米同盟は 日本の安全保障の柱であると同時に、 日本の国家意志を拘束する枠組みでもあった。

アメリカが守ってくれるという認識は、 自前の安全保障能力を 育てる意志を弱らせた。

そしてアメリカにとって日本は、 アジアの戦略基盤として 従属的であるほど扱いやすい 存在だった。

日本人は 同盟を平等な関係だと信じたが、 現実は 日本が守られる代わりに 主体性を放棄する契約 だった。


3.5 日本は“繁栄した依存国家”として固定化された

こうして日本は、 経済と文化では成熟して見えるが、 国家としての骨格は他者に支えられたままの 従属的繁栄モデル に固定された。

この構造が日本を弱くしたのではない。 日本を 永続的に弱いままにした のだ。

だから国民がどれだけ変革を望んでも、 国家の方向性は 依存の文法に従って動く。

その意味で、 日本は自由で豊かな国でありながら、 国家としては未完成である。

そして今、日本社会は その矛盾に気づき始めた。 国際情勢が厳しくなるほど、 日本の「国家としての問題」が 露わになっている。