本書は、 世界を悲観的に描くために 書かれたものではない。
むしろ、 希望や理想が力を持つためには、 その前提として 世界がどんな現実で動いているのか を知らなければ意味がない — その一点から始まった。
国家は理性的ではない。 道徳的でもない。 国家とは 生きるために存在する生物であり、 その行動は 恐怖・欲望・均衡という 原始的な衝動の延長にある。
もし世界が 理性によって支配されていると信じ続けるなら、 国家はその幻想の中で 何も準備せず、 脆弱なまま破局を迎えるだろう。
だから本書は、 あえて国家の本性を 露骨に提示する道を選んだ。
それは読者に 嫌悪や不安を与えるかもしれない。 しかし、 真実に触れたあとでしか 本物の希望は立ち上がらない。
日本は長い間、 繁栄と平和の中で眠ってきた。 その眠りは心地よかったが、 国家としての筋肉が衰え、 自己決定の力を失わせた。
しかし今、 世界の虚構が崩れ始め、 日本人は初めての次の問いに直面している。
これからも他者の作った秩序に寄生して 生きるのか?
それとも国家として 自分の生存を自分で決める存在へ 戻るのか?
これらの問いは、 政治の問題ではなく、 国民一人一人の思考の問題 である。
国家は抽象概念ではなく、 生存を支える共同意志のことであり、 その意志は 気づいた者から始まる。
読者のあなたが この本を閉じた後、 もし少しでも 日本とは何か、 国家とは何か、 自分とは何者か、 という問いが 胸の中に残っているなら、 この本は役割を果たしたと言える。
国家は獣である。 だが、 その真理を直視できる国だけが 獣を制御し、 未来の文明を築くことができる。
日本がその道を選ぶことを、 著者としてではなく 同じ社会を生きる一人として 切望する。
最後に、 この本を読み、 思索の旅に付き合ってくださった あなたに深く感謝したい。
願わくば、 あなたの中に芽生えた問いが、 日本という国の 未来の一部になることを。
本書はここで一区切りです。
公開順の都合により、次には『世界を読むAIと私 — 超大国、戦争、秩序の未来予測』の序章が表示されます。構成は、目次ページで確認できます。