第8章 核と恐怖 — 現代の抑止理論の再発見


8.1 核は使われないのか、それとも使えるのか

核兵器は、 「存在しているが、使われないことを前提にしている兵器」 という歴史上最も矛盾した存在である。

その矛盾こそが、 冷戦以降の世界秩序を支えてきた。 核は撃てば戦争を終わらせるが、 撃てば国家も終わる。 だから核兵器は “使ってはならない兵器” として扱われながら、 “使う可能性がある兵器” として効果を持ち続けてきた。

核が使われるのは、 軍事的合理性ではなく、 政治的・心理的破綻が リーダーを追い詰めた時である。 だから核の本質は 技術ではなく、統治心理学にある。


8.2 恐怖が国家を動かす仕組み

核抑止は軍事戦略というより、 恐怖の設計と管理である。

国家は核そのものよりも、 「相手が核を使う恐れがある」と思うことで 行動を変える。 だから核は 現実の爆発より、 恐怖の影が政治を支配する

核の影は、 指導者の誤算、同盟の動揺、市民の不安、 すべてを巻き込む巨大な心理構造体であり、 現代の外交は 恐怖をどう計算し、 どう抑止し、 どう無視するかのゲームである。

国家は恐怖で動き、 また恐怖に支配される。 その背後には 人間という生物の弱さがある。


8.3 核保有国同士の世界は安定するのか

一般論では 「核があるから大国は戦わない」と言われる。 それは部分的に正しい。 核保有国同士の全面戦争は 互いに破滅するから避けられる。

しかし現実は複雑だ。

核は 大国同士の全面戦争は抑止するが、 小さな戦争を増やす。

なぜなら 核を背景にすれば、 通常戦争や代理戦争のコストが 安全に見えるからである。

つまり核は安定と不安定を 同時に生み出す存在だ。 抑止の成功は、 その矛盾を管理できる指導者が どれだけ生き延びるかに依存している。


8.4 軍事より重要なものとしての“心理”

核戦略を理解する鍵は、 兵器ではなく人間の心理を見ることだ。

プーチンは核を 領土拡張の実弾ではなく、 西側の心理を揺さぶる道具として使う。 習近平は核の存在を 台湾統一のための背景装置として 利用しようとする。

核のボタンを握る指導者が 恐怖を感じている時、 核は最も危険になる。 恐怖は理性を蝕み、 破局的な決断を誘発する。

だから核抑止の根本は、 武器の量ではなく、 指導者の心理をどう安定化させるか という問題なのである。

核のボタンの背後には、 地図ではなく、 恐怖と虚栄と不安が存在する。 それを理解せずに語る核戦略は、 形式だけの空論に過ぎない。