11.1 戦争は理念ではなく“生存の手段”である
国家は戦争を 平和のため、 正義のため、 安全保障のためと説明する。
だがその本質は、 生存の確保と利益の獲得 である。
戦争は国家の延命装置であり、 外交が通じない時に発動される 最終的な意思の表現なのだ。
11.2 戦争の勝敗は武器ではなく“耐久力”で決まる
戦争は兵器の性能で決まると誤解されている。 しかし実際には、
どれだけ長く戦い続けられるか
が勝敗を決める。
人口、工業力、補給線、財政、社会統合、意志。 これらが戦争の寿命を左右する。
技術は重要だが、 基盤のない技術は数ヶ月で失われる。
11.3 戦争は意志の競争である
どんな軍隊も 痛み、疲弊、損失、恐怖に直面する。
そのとき国家が 撤退するか耐えるかは、 意志の強さ によって決まる。
戦争を続けられる国家とは、 犠牲を受け入れ、 国民が国家の運命を背負う覚悟を持つ国家である。
意志の弱い国は たとえ武器が優れていても 戦争に負ける。
11.4 戦争は社会構造を“露出させる試験”である
戦争は国家の偽りを剥がす。
団結しているか、 国民が成熟しているか、 統治が機能しているか、 アイデンティティが共有されているか。
戦争は国家の“内的構造”を暴露する鏡だ。
だから多くの国家は 戦争を避けるのではなく、 戦争の結果を直視することから逃げている と言える。
11.5 日本は戦争を恐れているのではなく“国家になることを恐れている”
日本が戦争を拒否するのは 暴力への嫌悪だけではない。
戦争とは 国家の責任と意志を要求する行為であり、 そこには 国家としての覚悟と決断 が必要になる。
日本は戦争を拒否することで、 国家になることそのものを回避してきた。
だから戦争論は 軍事の議論ではなく、 日本が国家になれるかどうかの議論 なのである。