第8章 核とは力の象徴ではなく“生存の覚悟”である


8.1 核保有の本質は“使う意思”である

核を持つことは単なる技術問題ではない。 現代の世界は情報が広がり、 理論上は多くの国家が核を作れる能力を持ち始めている。

しかし核保有の本質は、

核を使う意思、 そしてそれを統制できる国家意志

にある。

技術ではなく 国家の精神構造が 核の所有資格を決めている。


8.2 核は“国家の最終的な自己決定権”である

核とは、 国家が最終的に

自分の生存を自分で決められる力

を意味する。

したがって、核を持つとは 国家の運命を他者に委ねず、 死と破壊を含む決断を 自分で下せることと同義である。

これは最も高度な主権の形であり、 同時に最も重い責任でもある。


8.3 核が許される国家は限られる

北朝鮮が核を持てたのは 技術ではなく 核を使える覚悟と 世界が止められなかったことの結果 である。

しかし北朝鮮は 核を持つ資格を得たわけではない。 核を統制し、 世界秩序を壊さずに維持できる国家だけが、 真の核保有国と認められる。

その意味で、 核クラブは 実は極めて閉じた構造である。


8.4 核が扱える国家とはどんな国か

核を扱える国家とは、 国内が統制され、 意思決定が安定し、 暴走を抑制できる国家である。

アメリカ、ロシア、中国、フランス、英国、インドは この統制能力を持っていると 世界が判断した国々であり、 だからこそ核保有を認められた。

逆に言えば 多くの国は核を持てるが、 核を支配できない国だと 世界に見られている ということである。


8.5 日本の核は技術の問題ではなく“国家意志の問題”である

日本は 核兵器を作る技術を既に持っている。 ミサイル、原発、衛星技術 — 材料は揃っている。

それでも日本が核を持てない理由は、 技術の欠如ではなく

核を持つ覚悟と 核を統制できる国家意志が 存在しないから

である。

日本社会は 生存の最終決断を拒絶し、 国家の責任の重さを恐れてきた。

だから日本が核を持てる日は、 技術が整う日ではなく、 国家として生存の意思を取り戻す日 なのだ。

その意味で、 核問題とは 日本が国家になるかどうかを問う 究極の試金石である。