1.1 世界は「互いに依存しながら対立する」仕組み
現代の国際秩序を理解するとき、多くの人は国家同士の対立や競争をまず思い浮かべる。 だが、それは半分だけ正しい。 実際の世界は、競い合いながら、同時に互いに依存せざるを得ない構造を持っている。
中国はアメリカ市場に依存し、 アメリカは中国製品と希少資源に依存する。 ロシアは欧州のエネルギーを使って影響力を得て、 欧州はロシアのガスを嫌悪しつつ頼り続けてきた。
国家は互いを敵視しながら、 互いを必要としてしまう。 この矛盾が現代世界の舞台装置であり、 戦争と協力が同じ回路から発生する理由でもある。
秩序とは、 国々が完全に敵対もできず、 完全な独立も保てないところから生まれる。 その不安定さの上で 覇権は競われ、価値観は衝突し、 新しい均衡が模索され続けている。
1.2 力の源泉:経済、軍事、情報、そして物語
国家の力は軍事力だけではない。 経済が衰退した国の軍は、 いずれ人も資源も失って弱体化する。 情報空間で敗北する国家は、 戦わずして正当性を失う。
そして見落とされがちなのが“物語”の力である。 アメリカは自由の象徴を掲げ、 中国は民族復興を唱え、 ロシアは帝国の再生を語る。
国家は物語を信じる国民を必要とし、 物語が崩れると国家も崩れる。 つまり、軍事・経済・情報は すべて「物語の維持」のための道具でもある。
この本で扱う国家の動きは、 すべて物語と現実の矛盾によって生まれてくる。
1.3 国家は何によって動き、崩れるのか
国家の意思決定を理解する時、 合理性や政策だけを追う分析は不十分だ。 むしろ国家を動かすのは、
- 恐怖
- 欲望
- 体制維持
- 正統性の焦り
といった「心理」に寄った力である。
ロシアは衰退の恐怖から 帝国回復の戦争へ傾いた。 中国は支配の物語を守るため、 国内統制と外向きの強硬姿勢を選ぶ。
国家は理性で動かず、 “崩れることへの恐怖” で動く。 その恐怖が誤算を呼び、 国家はしばしば自滅の道を歩む。
崩壊は外からではなく、 内側の矛盾が臨界点に達したときに起きる— これが歴史が繰り返し教えてきた教訓である。
1.4 帝国の興亡が常に繰り返される理由
過去を振り返れば、 オスマン帝国、ソ連、ナチス、清朝、 そして大英帝国も、 栄光の絶頂から衰退へと戻っていった。
なぜ繰り返されるのか。
理由は単純で、 強大化した国家は必ず自己矛盾を孕むから である。
領土が拡大すれば統治コストが上がり、 国民の期待が膨らめば物語の負担が増える。 富を維持するための制度は複雑になり、 柔軟性は失われる。
つまり、 帝国が危険なのは弱いときではなく、 最も強いとき なのだ。 その頂点で、自国の限界を認識できる指導者は少ない。 国は慢心と誤算で自壊し、 新しい秩序の芽がそこから生まれる。
この章で述べた枠組みは、 本書で扱う各国を理解するための“地図”である。 国家は合理的プレイヤーではなく、 矛盾を抱えた心理的存在だという事実は、 アメリカ、ロシア、中国、日本、 どの国にも例外なく当てはまる。
世界秩序の舞台は、 この矛盾と恐怖が交錯する場所である。