9.1 プーチンと習近平の恐怖構造
指導者の決断は、 国家理性よりも個人心理の影響を強く受ける。 その最たる例が、 プーチンと習近平である。
プーチンの恐怖は「崩壊の記憶」にある。 ソ連崩壊を屈辱として経験した彼は、 国家の瓦解を個人の死と同一化している。 だから彼は 帝国再建という物語を失えば、 自身が存在する意味も失う。
習近平の恐怖は「正統性の喪失」にある。 国家の復興を掲げ、 中国共産党の神話を自分と同一化した以上、 その神話の崩壊は 彼の支配そのものの崩壊となる。
両者は異なる出身を持ちながら、 同じ心理構造にたどり着いた。 国家の存続と自分の存続を不可分にする、 強迫的支配者の構造である。
この構造は 冷静な国家判断を妨げ、 誤算のリスクを増幅する。
9.2 トランプの計算と弱さ
トランプの心理は、 プーチンや習近平とは別の危険性を持っている。
彼の恐怖は崩壊でも正統性の喪失でもない。 恐れは「自己否定」への恐怖であり、 自分が弱く見えることを避ける欲望が 決断の基盤になっている。
そのため彼の政治は、 現実の利益よりも、 「勝った」と見せることが優先される。
彼は強硬な言葉を使うが、 それは信念ではなく 弱さから来る演出である。
この弱さは 国家戦略に危険な反応を生む。 プーチンを恐れる時は 突然譲歩し、 自分が優位だと感じる時は 挑発する。
つまり彼は、 恐怖よりも虚栄が国家を揺らすタイプのリスクだ。
9.3 指導者の誤算が招く戦争
戦争は国家の利益で起きることは少ない。 むしろ戦争は、 指導者の心理が国家を誤らせたときに起きる。
プーチンは ロシアの衰退を止めるために侵攻し、 国家の体力以上の戦争を始めた。 習近平は 支配の神話の圧力から 台湾統一を義務にしつつある。
トランプは 自己演出のために 外交の計算を台無しにすることがある。
国家の失敗とは、 軍事面の敗北以前に、 心理の誤算が政策を破壊する過程である。
指導者を理解することは、 戦争の芽を理解することに等しい。
9.4 権力者の心理が世界を動かす
冷戦期には、 国家を理性の計算機として扱う分析が主流だった。 だが現代はそれでは説明できない。
国家秩序を揺らすのは 制度やGDPではなく— 恐怖、不安、優越感、屈辱、孤独、物語への執着 といった、 生身の人間の感情である。
プーチンは屈辱から動き、 習近平は正統性への渇望から動き、 トランプは自己崇拝のために動く。
国家の未来は 兵器や予算ではなく、 これらの感情を持つ わずか数人の内的世界に握られている。
世界は国家の競争ではなく、 指導者の心理劇の舞台である— その理解なしには 未来の秩序を読むことはできない。